東京地方裁判所 昭和37年(レ)19号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕一、幾分粗雑な建築であつたとしても、判示のように正規な建築許可を受け、当時としては普通程度の資材を使用し、権利金も支払つていること、その他判示のような事情を合わせ考えると、普通建物所有を目的としたもので、一時使用の目的でなされた賃貸借ではないというべきである。
二、建物が朽廃したかどうかは、一個の建物を全体として考察して、それが構造上及び社会経済上の効用を喪失したかどうかを定めなくてはならず、判示のように約二分の一の部分において朽廃状態にあつても、構造上及び本来の目的に最も重要な建物の約二分の一を占める店舗部分は未だそのままで使用に耐えるときは、該建物は朽廃したとは云えない。
〔判決理由〕本件賃貸借契約は一時使用の目的でなされたものであるか否かについて考える。
(証拠―省略)によれば本件建物のうち一部はその建築当時小野塚寅雄が未だ住居や物置に使用していた防空壕の上に建てられたものであり、また本件建物の外周は板壁であるなど幾分粗雑な建築であつたことは認められるけれども、(証拠―省略)によれば、控訴人は本件土地賃借当時住居は別に有していたが、主として謄写印刷の営業所に利用する目的で家屋を建築する予定のもとに土地を賃借し、建築に際して正規な建築許可をうけ、建築資材の割当をうけて建築したもので、当時の物資不足の社会状勢下における建築としては普通程度の資材を使用していること、本件賃貸借契約の際、小野塚寅雄は契約期間を三年としたい意向でこれを控訴人にも伝えたが控訴人はこれを拒絶したこと、控訴人において本件賃貸借の権利金として契約当時一万円支払つていること、契約後賃料は順次値上げされ、昭和三四年五月までは小野塚寅雄次いで被控訴人において賃料を受領し、土地明渡などの要求をしていなかつたことが認められ、これらの事実を合わせ考えると本件賃貸借契約は普通建物所有を目的としたものであつて、一時使用の目的でなされた賃貸借ではないというべく、(中略)他に右認定を覆すに足りる証拠はない。(中略)
次に、本件建物の朽廃により本件賃貸借が消滅したとの主張について考える。
(証拠―省略)によると、本件建物は現在、公道に面する店舗拡張部分〇、七五坪、店舗二、二五坪居間一坪、押入〇、五坪、便所〇、二五坪、板間○、五坪の合計五、二五坪であつて、右店舗拡張部分及び板の間部分は本件建物建築後増築されたものであるが、他の部分は当初一個の建物として建築されたものであるところ、右居間一坪及び板の間〇、五坪部分は殆んど防空壕上に存し、未だその防空壕は埋立てられていないこと、右便所、板の間、押入、居間の部分は他の部分に比し、建築材料も多少低給なものが使用され、建築手法も粗雑であつて、現在同部分は相当腐朽、破損していて、同部分への出入にも危険が感じられる程になつていることが認められ、(中略)、同部分だけについてみるなら最早朽廃の域に達していると見られないこともないけれども、(証拠―省略)によれば、右部分以外の部分即ち店舗拡張部分および店舗部分も、土台や柱の根元などに一部腐蝕した個所があり、また、天井、屋根にも一部破損個所があり、雨漏も多少するような状態ではあるけれども、同部分は比較的良質の材料が使用され、普通程度の工法によつて建築され、床にはコンクリートも施されていないものであり、右の如き損傷は控訴人において本件建物を訴外遠藤好一に賃貸し、同人はここで文房具店を営んでいたところ、昭和三五年五月被控訴人の申請による仮処分命令が執行され、本件建物が執行吏の保管に移され、かつその後右遠藤が昭和三六年二月二五日本件建物から立退き、以後居住することもできず空家となつて放置されていたため余計に腐触、破損の度をすすめたものであつて、右遠藤が立退くまでは雨漏などの支障が一応あつたにしろ、建物としての構造を備えて地上に存立し文房具店営業に使用し得ていたものであり、もとより、内部への人の出入りに特別危険を感ぜしめるようなこともなかつたこと、そして店舗拡張部分並びに店舗部分の前記の如き損傷はそう大がかりな修繕工事をしなくても柱の根つぎ、床、天井、屋根の損傷個所のみの部分的修補、防腐削塗程度の補修をすれば、そのままで十分通常の店舗その他の使用に耐えうるものであることが認められる。しかして、建物が朽廃したかどうかは、一個の建物を全体として考察して、それが構造上及び社会経済上の効用を喪失したかどうかを定めなければならない。右全体的観点から考えるに、(証拠―省略)によれば、本件建物は元来印刷営業に利用する目的で建築されたものであり、しかも商店街にあつて公道に面し、また前記認定の如き間取りからして店舗としての利用を目的とする建物と認められるところ、本件建物は前記認定の如く、その約二分の一の部分においては朽廃状態にあるけれども、その部分は構造上も社会経済上の目的からも附随的に必要な部分であつて、本件建物の構造上及び本来の目的に最も重要な建物の約二分の一を占める店舗部分は未だそのままで使用に耐えるのであるから、本件建物は本来の目的にしたがつた社会的経済的な利用価値を有しており、これが朽廃したとは云えない。もつとも、鑑定の結果によれば、本件建物の東側部分の柱四本は本件建物建築当時に存していた隣接家屋の柱を利用して建築されたことが認められるけれども、同鑑定の結果によれば現在各柱は本件健物の主要構造部分となり、十分本来の目的を達しており、これがために本件建物が危険な状態にあるものと云えないことが認められるので、単に隣接家屋の柱を利用しているということをもつて前記結論を左右することはできず、他に同結論を覆するに足る証拠はない。(裁西山要 中川哲男 岸本昌巳)
〔説明〕一時使用および朽廃の問題は、借地関係でしばしば争われるところである。本件の建物は、謄写印刷の店舗としての小屋程度のものと思われるが、この種の問題を考えるについて、適例を提供するものといつてよいと思う。なかんづく、係争後人が住まなくなり、破損の度をすゝめたものである事情が斟酌されていることは、当然のことといわなくてはならないだろう。